新潮社 (2003/08/28)
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Category: 文芸
Story: 女手一つで息子を育てる私は長年派遣の家政婦をしている。ある日何人もすでに担当が変わっている仕事を請け負うことになる。仕事は離れで暮らす記憶に障害を持つ数学者。彼は息子の頭が平らなのをみて彼をルートと名付けた。
Comment: この本を読み始めた時ぱっと思った印象は川上弘美さんのセンセイの鞄みたいだなあということ。このお話はセンセイの鞄のようなラブストーリーではないのだけれど、なんとなく同じような空気が流れている気がする(とはいえ、センセイの鞄を読んだのはずいぶん前だから大分昇華されちゃっていますが)。
お話は時が1975年でとまっている、80分しか記憶が持たない年老いた数学者と家政婦親子のふれあい。「博士」と呼ぶ老先生は数字をこよなく愛し、日常会話の大半が数字についての話を占めている。袖には「ぼくの記憶は80分しかもたない」とかかれたメモを貼り、毎朝慣れることのない混沌に放り出される彼の日常はその割に穏やかだ。埋められない損失を抱えた3人が寄り添う姿は切ないが穏やかな愛情と感謝に満ちている。
さまざまな現実を暗示する伏線のようなものがぽつぽつと出てきますが、イメージを喚起するだけで謎解きされるわけではありません。現代のおとぎ話と思って読むのが良いと思います。そうでなければ登場人物がみな天使の様な人びとすぎて読むのがつらくなります。汗やカビなど人の世話に当たっては当然出てくる問題は文字としてかかれていますが、その臭いや気配はみじんも感じられません。
数字に対する愛がそこここにあふれていて、楽しいです。実際にそんな人が目の前にいたらきっとうさんくさい、面倒な人と思われると思いますけど、話のなかでは「私」が素直にその世界に魅了されるので、一緒に数字の世界に飛び込むことができます。
世間一般には理解されない物に対する強い愛情を持つ人 (というのはおそらく自分もどちらかというと博士の側にはいってしまうので)、に対して作者の不思議な愛を感じますが、そんなにきれいな世界でもないのもよくわかっているので(よりピュアな形として記憶障害が導入されているのだと思うけど)、世間一般の人がこの本を読んだときの感想と私のものとはおそらくちがうんだろうなあと思います。
最近「記憶障害」を人間の表現に使うことに少々食傷気味なので、ちょっとひねくれた見方をしてしまうのです。
追:昔なにかで八百屋のおばさんの絵に↑で「もし数学の道にすすんでいたらノーベル賞をとれたほどの才能をもった八百屋のおばさん」と書いてある漫画をみたことがあります。前後の文脈なんて忘れたけれど、そのシーンもぱっと思い浮かんだなあ。